【本怖】ほんとにあったLGBTの怖い話「性同一性障害て、知ってる?」あの日入院した病院の看護師にかけられた言葉〜夏の終わりの特別編〜

2016/09/14

前回の記事で書ききれなかった体験を夏の終わりの特別編として、今回お届け致します。あれは私が高校で男子サッカー部に所属し、間もない頃の体験です。今でも覚えています。一般病棟で働く、今でいうLGBTのG枠、ゲイというカテゴリーにあたる看護師さんとの衝撃的な出会いを。

前回の記事、本当にあった怖い話〜ヒロトの特別編〜は以下になります。まずはおさらいから。

【本怖】ほんとにあったLGBTの怖い話「あなた、女の子好きでしょ?」コンビニの定員にかけられたとっさの一言〜ヒロトの特別編〜

「性同一性障害て、知ってる?」高校生の時にダイレクトに用語を問われた私は一体なんて答えたのか

総ページビュー3000達したので、海外×LGBT=パイオニア代表者ヒロトの自己紹介をします

にも記してある通り、私は高校生で女子サッカー部ではなく、男子サッカー部に2年間所属していました。女子サッカー部から男子サッカー部に電撃移籍。お陰で女ではありえないむきむきなボディを手にいれる事が出来たわけですが、そのためには人並み以上のトレーニングの積み重ねがありました。

ベンチプレス10キロ越えは当たり前。握力は45キロ以上。そういった肉体改造を積み重ねすぎた挙句、筋肉の炎症を起こしたのか、急性のインフルエンザ?にかかり学校でぶっ倒れた事がありました。男子サッカー部に入部して間もない頃です。救急で横たわったまま病院へ搬送されたのですが、熱は既に40度近く、とにかく熱を下げるため、注射をする事になりました。

「男の子なのに血管がみにくいわね。」

運ばれている私をみて看護師さんは言った。それを聞いて母が「女の子です。」と言ってたっけ。それで、えー!あっ、そうでしたかと周りがザワザワしていたのをかすかに覚えている。性別関係なく体調悪い時は血管はみつけにくいものなんですけどね。特に腕の中心。

気が付いたら病院のベッドに横たわっていました。約1週間、大事をとっての入院です。結局、病名はインフルエンザではなかったようなのですが、熱が中々下がらず最初の3日間は頭が痛くて夜中、目が覚め、とにかくしんどかった。食べる事が出来ず、水分ばっかりとっているのでトイレだけは行きますが、このトイレまでの短い距離でさえ地獄。せっかく着いた筋肉も落ち、もはやがりがり。

声がハスキーな看護婦さん?目を開くとそこにはヒゲが生えたマッチョな看護師さん

fashion-man-person-model

搬送され、最初の晩は意識が不明でした。次の日、看護師さんの体温測りと点滴の補充で起床。ただ、意識が朦朧とし中々、目が開けません。

看護師「大丈夫よ〜。しんどかったわね。」

ヒロト「はい。今もしんどいです。」

看護師「私が注入するからね。ラブ注入。うっふん。」

ヒロト「ありがとうございます。(え?まさかのドドスコ?)

看護師「やだぁ〜。あんた良い顔しているわね。モテるでしょう。」

ヒロト「はい?(あれ、ベッドに書いてある名前から女性て知ってるよな。)

看護師「絶対に大丈夫よ。絶対にすぐよくなるんだから。お肉だっていっぱい食べれるわよ〜。私も食べごろよ〜、どんだけ〜!!!」

ヒロト「あはは。」(ん?人想いの素敵な看護婦さんだけど、なんか、、、)

目を開くと世界仰天ニュース。そこには、腕毛とヒゲがぼーぼーの看護師さんがいました。私は一目見て、この人をドドスコ看護師さんと名付けようと思いました。ドドスコ看護師さんの見た目なんて今更、関係ありません。私は陽気なユーモアな人に惹かれるので退屈な入院生活に唯一楽しみが出来ました。私の当直の看護師さんは2人いましたが、心のどこかでドドスコ看護師さんが来てくれることを願い日々を過ごしていました。退院まで残り2日。元気になって冗談を言い合う仲になったヒロトとドドスコ看護師。そんな二人の別れは突然やってきた。

「性同一性障害て、知ってる?」ドドスコが私に残した問いかけ

いよいよ明日、退院。ドドスコは私の体温をいつものようにソフトに労わり、測りながら突然、ぶっ込んできた。

「性同一性障害て、知ってる?」

突然だった。なんとなく聞きたげな雰囲気は前からあった。にしても、急だった。

性同一性障害の当事者である私(ヒロト)がLGBTインタビューを受け不快に想うたった1つの質問〜性同一性障害取り扱い説明書〜

上の記事でも述べたように、私はこの言葉を避け続けてきた人類だ。認めたくない、怖い、何より恥ずかしさがあった私がとっさに答えた言葉は

「知りません。」

と、いう言葉だった。ドドスコはその言葉を聞いて、「ああそうなのね。いやぁ〜そういう人たちてほら苦労してるでしょ。性同一性障害の人ていうのはね。」ここはうろ覚えだが説明してくれたと思う。そこで再度、

「性同一性障害者?」て、いうのは聞いてはこなかったが、きっとドドスコはそう聞きたかったのだろう。憶測でしかないが、ドドスコは「私もそうよ。」と、共通点をみつけ、きっと看護師までになったあなたの事だから、何か救いたいとか後押ししたいかそういう気持ちが芽生えたのかもしれない。その会話を最後に、退院の日、ドドスコは出勤せず、突然のお別れとなったのであった。

まとめ

strength-strong-toy-action-figure

病院は辛気臭くて自分には退屈な場所だと思っていた印象を変えてくれたドドスコ。ドドスコとの時間が私の入院時間の全てだった。ドドスコ、今の私なら胸を張ってまでは言えないが、「そうですよ。」と、伝える事は出来るだろう。ただ、あの時、あの場所ではそれが出来なかった。

私には早すぎた。私は若かったのだ。

悔しいけど、それが現実。若い故、受け入れるキャパが小さくて、ありのままの言葉を受け止める事が出来なかったのだ。「性同一性障害」という言葉で拒否反応がおき、それでも何か答えないといけないと思い、勇気を振り絞った返答が「分からない。」と、精一杯とぼける事だったのだ。それが今まで性同一性障害という言葉から逃げていた私が、面と向かって問われた時、対応できる唯一の引き出しだったのだ。それがその時の私の力量だったのだ。

ドドスコ、ごめんよ。結局、私は、その後、言葉に縛られたり、カテゴリーされる世界が窮屈で海外を選んだのだ。

【記事まとめ】パートナーシップではなく同性婚!家庭を築く夢を実現するため海外渡航したLGBTが手術を選ばない理由〜私は環境に屈しない〜

今だにLGBTという言葉を語ることも勇気がいるのだ。ドドスコの問いかけに素直に答えられなかった高校生の自分が脳裏に焼き付いているのだから。私自身、LGBTや性同一性障害という言葉から逃げてきた身だから、その言葉を他者に浸透させるなんていう事は出来ない。高校生の私が性同一性障害という言葉を気持ち良く思っていなかった、当時の力量を、同じ高校生に「自分は出来なかったけど、受け入れてほしい」と、押し付ける事は決して出来ないのだ。LGBTという言葉の認知度を広げる活動を否定しているわけではない。私は言葉の認知度を広げる活動に値する器を持っていないという事だ。

だから、私は私らしく海外で生きていくための一つのより良く生きていく選択肢を提示して行こうと思う。それが、私の生きる道。性同一性障害という言葉から逃げる事でしか生きていけなかった私の生き方なのだ。こういう生き方があっても良い。性同一性障害という言葉、手術、全てから逃げ、辿り着いた先が海外勤務という道があっても良いのだ。LGBTというカテゴリーさえ知らない世界が海外にはある。私は女だけど男が好き。「I see.」That`s it!なのだ。

言葉に当てはめない生き方が私は好きだ。言葉に当てはめる必要がない世界が私は好きだ。それを1人でも多くの人に体感してもらうために東京オリンピックまでに道をつくると決めた。

なぜLGBT専門留学が未だ主流じゃないのか?2人の留学スペシャリストが語るLGBT留学の本質〜留学=観光ではなく、留学=就労の時代到来〜

私、一人では決して成し得ない。あなたの力が必要です。プロシェクトメンバー募集中!

新メンバー大募集

「いいね!」して
最新情報を受け取ろう!

-FTM, Hiroto, LGBTカミングアウト, LGBT学校生活, LGBT最新情報, Xジェンダー, 性同一性障害
-, , , , , , , , , , , , , , , ,