なぜトランスジェンダーはパス度にこだわらないといけないのか?それは社会が変わるのを待ってるヒマがないから
2016/09/14
こんにちは、ジャンです。今日は個人サイトで好評だったパス度についてのお話の転載です。日ごろから中身が大事だ、と謳っている僕ですが、それと同じくらい見た目も大事だと思っています。なぜを見た目やパス度を気にしないといけないのか?非当事者にも分かりやすいよう書いてみました。
パス度が低いと自尊心が削られる
パス度とは、FTM(女性から男性のトランスジェンダー)ならちゃんと男性に、MTF(女性から男性に)なら女性に見えているか?の度合いのことを指します。仮に僕が「どう見ても男!」という場合には「パス度が高い」ということになります。
トランスジェンダーについて回る問題の1つとして、このパス度問題があるわけですが、世のFTMやMTFは毎夜毎夜眠れないくらいこのことを考えているといっても過言ではありません(マジで!)。
FTMやMTFはパスできないと割とへこみます。僕も接客をしていて「お兄さん…ん?お姉さん?あれ?」って言われることがこの夏ちょこちょこありましたが、こういうとき僕は動揺を悟られないように笑顔サービス三割増しになります。笑顔処世術バンザイ。笑ってりゃいいのよ。
こうしてうまい具合にかわす術がある人や、もうそんなこと慣れっこの当事者は良いのですが、これがなかなか自尊心を削り取られるんですよね。パス度が低い場合、出歩けばJP(自尊心ポイント)がどんどん削られるので、出不精になります。また、周囲の理解の低さによってもJPは削られていきます。
よく言われるのが
・ありのままの体を受け入れるべきなんじゃないの?
・治療をしなくても気持ちが男なら堂々としていればいいじゃん
・ホルモン治療をしなくても、見た目で判断しないで受け入れてくれる社会になればいい
こういったことですね。先にこれについて僕が反論?を書いてもいいのですが、まずはとあるFTM・リョウ君の一日をご覧ください。
FTM・リョウくんの1日を見ながら考えてみよう
リョウ君は19歳のフリーター。大学を中退して実家暮らし、中華料理屋でアルバイトをしています。背は高く見た目は中性的です。JPが100の状態で1日が始まったと考えましょう。
リョウ君が働く店は朝10時オープンで、リョウ君は朝9時からのシフト。いってきまーすと家を出ると、ゴミ出しをしていた近所のおばさんに出くわします。
「あら諒子ちゃん、おはよう」
諒子ちゃんとはリョウ君のこと。本名は諒子なのです。
「あ、おはようございます。」
リョウ君は本名にちゃん付けで呼ばれてテンションが下がりましたが、かろうじて挨拶を返します。ここでリョウ君のJPが10P削られました。
「今日もアルバイト?がんばってね!」
「はい、ありがとうございます。」
おばちゃんの「がんばってね」がすこし嬉しくなりました。おばちゃんだって悪気があったわけじゃないよな、と思い自転車にまたがってバイト先に向かいました。
リョウ君の考えた通り、近所のおばちゃんも悪気があってリョウ君のことを諒子ちゃんと呼んだのではありません。リョウ君がFTMであることも、リョウとして生活していることも知らないのです。リョウ君は家族や高校時代の友人にはカミングアウトをしていますが、近所の人や地元の友人には特に何も伝えていません。
リョウ君は現在カウンセリング中なので、まだホルモン注射はしていません。日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」、通称GIDガイドライン通りに治療を進めるとなると精神療法を経なければ身体治療は受けられないのです。GIDガイドラインに沿った治療の進め方というページに詳しいことは書いてあります。
「今日は4時からカウンセリングだったなぁ」なんて考えながら自転車をこいでいると、バイト先につきました。
「おはようございます」
リョウ君は挨拶をして裏口から店の中に入りました。
「おう、おはよう」
すでに中にいた調理場の人がリョウ君に挨拶を返しました。たくましい体つきをした30代前半の男性です。リョウ君がFTMであることも知っています。カミングアウトした時も
「じゃあお前のことは男として扱っていいんだな?でも、重たくて持てないものがあるときなんかはちゃんと言うんだぞ」
と、根掘り葉掘り聞くわけでもなく自然に受け止めてくれました。FTMの友人がいるため、事情には詳しいのだそうです。嬉しい反面「重いものがあるときは…」という彼の気遣いに自分が女性であることを自覚させられたような気もして複雑です。でも、彼がリョウ君を女扱いしているわけじゃないというのはリョウ君だってわかっています。
リョウ君が「一人暮らしをしたい」と思いながらもここにとどまっているのは、金銭面的な問題もありますが、理解者がいるこの環境が心地良いということもあるのです。
店がオープンし12時を過ぎるとサラリーマンで店はあふれかえります。リョウ君は高校生の頃からここで働いて3年目になるので、ホールとしての動きもなかなかのものです。
「あ、お姉さんすみません。お冷ください」
サラリーマンの一人がリョウ君に声をかけました。リョウ君は一瞬自分のことだと気が付きませんでしたが、はっと気付いてお冷を持っていきました。
お冷を出した後、ひそひそ話が聞こえてきました。
「お姉さんってあの人男じゃないか?」
「え、でもお姉さんって言って水持ってきてくれたから女の人じゃないのかな?」
「どっちなんだろうな。見た感じじゃよくわかんないな」
リョウ君は聞こえないふりをしました。店が忙しいこの時間、へこんでいる場合ではありません。一瞬だけギュッと目をつぶって奥歯をかんで気を持ち直しました。
リョウ君を見て男か女か話すサラリーマン二人組にも、決して悪意はないのです。でも、リョウ君は「どっちだっていいだろ!」と心の中で二人に怒鳴り、彼らを憎らしく感じました。JPは50くらいがた落ちです。
サラリーマン二人組は帰っていきましたが、リョウ君はそのあともリョウ君を見るお客さんみんなの視線が「男かな?女かな?」と言っているような気がして、なれたはずの仕事が急にしんどく感じ始めました。
15時になり、リョウ君は今日はこれで上がりです。カウンセリングの日だけは15時上がりなのです。リョウ君は少しホッとしました。
「また明日なー」
「はい、お疲れ様でした」
この中華料理店のみんなはリョウ君に親切にしてくれます。バイトが長いリョウ君の手際が良いこと、そして人当たりの良さがその秘密かもしれません。
自宅には戻らずそのまま自転車をこいで、カウンセリングを受ける病院につきました。今日は病院の先生に自分史を見せる日です。リョウ君は書いてきたA4用紙1枚分の自分史を先生に渡しました。
「うん、ちゃんと書けてるね。このままGID学会での判定にも出せそうだよ。」
「あ、はい、ありがとうございます」
「なにか話したいこととかある?」
「…え、と。今日バイトの時にお姉さんって言われて、それで、俺、このままホルモンとか、体の治療に入っても、ちゃんと男としてやっていけるのかなって。背も、男にしては高くないし…。」
「そうか、なるほどね。でもね、大丈夫だよ。特に背なんか、リョウ君は気にしなくたっていいくらい背があるよ。男だって160もない人もたまにいるわけだし。」
「そう、ですか」
「うん。もっと小さいFTMの人はたくさんいるよ。大事なのはね、堂々としておくこと。自分が男だって思って堂々とふるまっている人はやっぱり素敵に見えるんだよ」
「…わかりました。ありがとうございます。」
そのあともリョウ君は最近のことや、ホルモン注射の副作用の話をして今日のカウンセリングは終わりました。「堂々としていればいい」リョウ君はこの言葉に少し安心して、頑張ろうと思えました。JPが30回復しました。
「ただいまー」
リョウ君は家に帰りつきました。
「おかえりー今日病院だっけ?」
お母さんが仕事から帰ってきていました。
「うん、あと少しで診断書もらえるから、ホルモン治療も始められるよ」
「あら、そうなの。」
お母さんは何かを考えたあとに、コーヒーを一口飲んで口を潤してから
「…ねぇ、その治療って本当にしないといけないの?」
と、少しまじめなトーンで言いました。
「え?うん、まぁ副作用もあるけど…。」
実際にホルモン治療にはリスクがないわけではありません。声の低音化、男性型体型、月経停止、乳房萎縮、筋肉肥大、陰核肥大といった変化がある一方で、心不全、心筋梗塞、脳梗塞、肝機能障害、多血症、毛嚢炎、汗腺症…その他様々なリスクが伴うのです。お母さんはリョウ君の体のことが心配で仕方がないようです。
「いろいろ調べたけど、リスクもあるんでしょう?あなたが体に負担をかけなくても、周りの人があなたのことを認めてくれたらいいんじゃないの?」
お母さんの不安そうな顔。リョウ君はこれにめっぽう弱いのです。でもこればかりは簡単に引き下がるわけにはいきません。
声が低くなれば「お姉さん!」なんて言われないかもしれない。
男らしい体つきになれば「重いものがあるときには言えよ」なんて気遣いをされなくて済むかもしれない。
今より自分のことを好きになれるかもしれない。
「それは、そうかもしれないけど…でも!治療してもいいって言ってたじゃん!」
「あなたがしたいようにするのが1番いいのかもしれないけど、やっぱり心配なのよ。」
「…でも、俺は治療を進めるよ。」
そう言って自分の部屋に行こうとするリョウ君を、お母さんは何か言いたそうに見ていました。リョウ君はそれに気づかないフリをして自分の部屋に戻りました。JPがまた20ポイントくらい下がりました。
部屋のベットに倒れこみ、大事なのはね、堂々としておくことだよという言葉を思い返します。
堂々と、なんてできるんだろうか?だって俺は俺のことが嫌いだ。完全な男になれないことも分かってる。近所で、町で、バイト先で、自分に向けられる視線が不快で怖くて仕方ない。こんな自分は好きになれない。
「なんか、今日は疲れたな…」
女性名で声をかけられるのも、お姉さんと呼ばれるのも、じろじろ見られてひそひそ話をされるのも、慣れっこだと思っていたはずのリョウ君。1日にいろいろと重なって今日は疲れてしまったようです。
そのあともリョウ君は頭の中で「考えても仕方のないこと」をぐるぐると考えました。ゴールのないことを考えているとどんどんネガティブな気持ちになってきて、いつの間にか寝てしまいました。
架空FTM・リョウ君の1日を振り返って
この妄想話ですが、FTMを取り巻く環境のことをいろいろ詰め込んでみました。もちろん僕はみんながみんなホルモン治療をすればいいと考えているわけではありません。治療はその人がしたいと思うところまですればいいと思っています。これを踏まえて
・ありのままの体を受け入れるべきなんじゃないの?
・治療をしなくても気持ちが男なら堂々としていればいいじゃん
・ホルモン治療をしなくても、見た目で判断しないで受け入れてくれる社会になればいい
に反論してみます。
ありのままの体を受け入れるべきなんじゃないの?
まずこれですが、ありのままの体が受け入れられないから悩んでいるわけです。非当事者にはこの感覚が理解しがたいのでしょう。
その体を受け入れられる人は、トランスベスタイト(TV:男装、女装などで性への違和感をぬぐえる)や、トランスジェンダー(TG:社会的役割の性が体と反対の性であることを望む)に分類されます。
つまり、体に対して強い違和感を持っている人もいれば、そうでない人もいるということです。上記の2つに対して、トランスセクシャル(TS:生物学的な性別を変えることを望む)と呼ばれます。そもそも性別に対するこだわりが強すぎるのがある種の精神障害なんだと僕は思っています。
治療をしなくても気持ちが男なら堂々としていればいいじゃん。ホルモン治療をしなくても、見た目で判断しないで受け入れてくれる社会になればいい
こ!れ!治療始める前に僕もめっっっちゃ言われました。
リョウ君のお母さんも言っていましたね。あなたが体に負担をかけなくても、周りの人があなたのことを認めてくれたらいいんじゃないの?と。
お母さんが言っていることは正論です。理想論です。でも、現実はどうでしょう?「私は見た目で性別を判断しないよ」と言える人がどれだけいるでしょうか?街に出て道行く人をぼんやり眺めてください。絶対無意識のうちに男か女にカテゴライズしてるから。
僕が言いたいことをパントビスコさんのキャラクターに言ってもらいましょう。
はい。
結局のところ、人は人を見た目で判断してはいけないといいながら人を見た目で判断しているのです。僕もそうです。
カウンセリングの先生が言ってくれたように、堂々としていたい(「堂々としていればいい」というセリフは実は僕が本当にカウンセリングの時に言われたことです)。でも、自尊心がある程度なければ堂々とふるまうのは難しいのです。トイレ、保険証、カラオケ、アンケート…日常の様々な場面で性別を問われることを繰り返していると、自分の性について解決していないトランスジェンダーの自尊心は増々削られてしまいます。
見た目で判断しないで受け入れてくれる社会になればいい
そうかもしれません。でもね、たぶん黙ってそんなの待ってたら僕は女扱いされながらババアになって死んでいきます。笑
僕が注射をしたり(現在は青年海外協力隊に行く準備として中断しています)、身なりに気を使ってパス度を上げようとする理由は
1.女扱いされたくないから
2.気を使わせたくないから
この二つです。1つ目は分かりやすいと思います。男性に見えるような姿であれば、仮に「こいつ実は女性だぞ」とばれても、たぶん相手は男性として扱ってくるからです。気を遣わせてすまんのう!
2の気を遣わせたくないからについて。これは1と矛盾しているように見えますが、一応相手への気遣いです。だってどう見たって女にしか見えない人を男として扱うって超難しいんですよ。もちろん仲良くなって自分でどうしてほしいのかはっきり説明できる人はいいと思います。あくまでFTMはね。
僕も「ごめん、男には見えないわ」と言われることがホルモン注射前はたまにありました。というかなんだかんだ女にしか見えてなかったと思います。
まぁ面と向かって「男には見えないわ」なんて言うのはどうかと思いますけれども(笑)、僕は相手を不快にさせないための身だしなみとしてパス度に気を遣っているんですね。
こんなことばっか言ってますけど、僕もホルモン注射をやめて1年半経った最近は女体化を感じているので、パス度は高くないと思います。バイト先では結局2か月間男として働いていましたが、ばれていない保証はないですからね。みんな気を遣ってくれてるだけかもしれないし(というか高校生くらいの男の子だと思われてる感じです)。
じゃあ周りはどうすればいいの?
結論から言えばもうこれはどうしようもありません。治療ができない事情がある人もいます。ただ、非当事者や周りの人間にできることがあるとすれば相手を「男として」や「女として」ではなく人間として扱うこと。
カミングアウトしている人もいればしていない人もいます。性別を変えるまではしたくないけど、女性扱いや男性扱いに違和感を覚えるエックスジェンダーの人もいます(たぶんこっちのほうがカミングアウトし辛いし見えにくいです)。
当事者も当事者で、ホルモン注射をしなくてもできることはあります。自分がどう扱われたいというのがあるのなら、それに近づけるように努力はするべきです。社会に守ってもらうのを待ってるだけでいいのは鼻たらしたガキだけです。それが大人のたしなみってもんです。
社会が変わるの待ってたら先に死ぬわ!とか言ってますけど、僕は何かが変わったらいいなと思って日々生活しています。僕ができる範囲の些細なことしかしていませんが、声を出せる当事者は声を出していかなきゃいけないのだろうな、と思います。めんどくさいけど。
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