LGBTの正しい知識を日本に広めたい!〜国民性によってアプローチの仕方は違う〜

こんにちは、Cocoです!私の暮らすカナダでは、道行く同性カップルが手をつなぎ、歩いている光景なんてもはや日常。友達や職場の同僚で、普通にカミングアウトしてくれる人も多数。

日本で育ってきた私の意識にも、ますますLGBT、様々なカタチのセクシュアリティは当たり前になっていき、なんなら今では日本でのLGBT事情との違いに改めて驚いてしまうくらい。

日本とカナダ。なにがどう違うのか?カナダのやり方を真似れば、日本でもLGBTに対して当たり前という認識が広まるのか?日本に合ったやり方は?今回はそんなことを考えます。

国が違えばアプローチの仕方も違う

唐突ですが、みなさんは知っているでしょうか、沈没船ジョークとやらを。これは国民性を表したもの。その内容はというと…

世界各国の人を乗せた客船で火災が発生し、沈没寸前。乗客をなんとか海に飛び込ませなきゃいけないというシチュエーション。でも乗客は色々な国の人々。そのままを伝えるだけではパニックになってしまうだけ、誰も逃げないだろう。

ということで全ての乗客を船から海へ飛び込ませる為に…

船長「よし!出身国ごとにアプローチを変えて海に飛び込ますしかない!」

アメリカ人には…「今すぐ飛び込めばあなた方はヒーローになれます!」

イギリス人には…「こういう時に飛び込むのが紳士ってものです!」

イタリア人には…「海に絶世の美女が泳いでいますよ!」

ドイツ人には…「規則ですので飛び込んでください!」

ロシア人には…「ウォッカのビンが流されてしまいました!今飛び込めば全てあなたの物です!」

フランス人には…「絶対に、飛び込まないでください!絶対ですよ!」

日本人には…「他のみんなはもうすでに飛び込みましたよ!」

と乗客の出身国ごとに声のかけ方を変える作戦をとった船長。

それぞれの特徴が浮かびあがっているこのジョーク。もうロシア人なんてツッコミどころ満載ですね。一方、日本人に対して船長がとった行動はというと「みんながもう飛び込んだ」といって飛び込ませる。ここでもやはり日本人は周りのみんなに合わせるというイメージが色濃くでています。

この沈没船ジョークにも見えるように、やはり国民性によって駆り立てられるポイントは違う。ということは、何か新しいこと、今まで当たり前ではなかったことを人々に受け入れてもらおうとする時、アプローチの仕方もその国々に合わせた方が効果的ってことなのでは。

これはジョークなのでもちろん大げさではありますが、カナダで暮らし、色々な国の人と話したりしていると、様々な事柄で日本と海外の温度差を感じることが本当にたくさんあります。

やはり国民性というものはその人の全てではないものの、ひとりひとりの人格を形成する上で欠かせない部分なんだな、と改めて思う今日このごろ。

もちろん、LGBTもその1つ。少し前までの私なら、カナダでならこんなに当たり前のことなのに、まったく日本は遅れてるんだから!みんなカナダの人たちみたいなやり方をなんでしないの?とただヤミクモにプリプリ怒ることもありました。しかしそれは、少しお門違いなことに気付きました。育ってきた環境から文化、常識…

なにからなにまで違うのだから、考え方は違ってあたりまえ。カナダのやり方。考え方はこうなんだよ、見習って日本でもそうしてよ!と言っても、通じないのはあたりまえ。

日本での問題点は何だろう

・LGBTという言葉は浸透してきたが、その中身に無関心な人がまだまだ多い

・現在の日本国憲法に基づけば同性カップルの婚姻の成立を認められない

ざっくりとこの2つが問題点なのではと思います。

海外では憲法改正はそこまで珍しいことではないですが、日本では憲法を改正することはかなり難しいことみたいです。その理由を書き出したらキリがないので省きますが、まず憲法という壁を破るのは当分無理。しかし、不可能なことを可能に少しづつ近づけていくことはどんな状況下でもできると思います。それにはまず、人々の意識を変えていくことが私達のできること。

じゃあ、そんな日本で日本人という国民性を持つ人々の意識を変えるには、どうしたら良いのでしょうか?

・集団行動意識が高い 

・自己主張が苦手 

・秩序を守る 

・新しいものをなかなか受け入れられない 

・結構ミーハー

思いつく日本人の国民性を上にあげてみました。これを全てポジティブに捉えると…

周りに合わせるのであれば、LGBTを当たり前化すれば少しずつみんなそれに合わせる傾向になる。新しいものをなかなか受け入れられないのであれば、新しくないものにしてしまう。ミーハーな部分を使って、とりあえず興味を持ってもらう。秩序を守るのであれば、LGBTに対してのちゃんとした知識さえあれば秩序の基準は変えられる。

そんな風に国民性をうまく活用することができるはず。特に日本人と「周りに合わせる習性」というのはなかなか切り離せないもの。

学校や職場でも、本音ではなく建前を駆使する日本人。空気を壊さないようにと発言、行動できる日本人。いい部分、悪い部分は置いておいて、この特徴をフル活用すれば人々の認識にLGBTが当たり前であることが根付くのではと考えました。

例えば今や当たり前になった日本のオタク文化。最近では公共の大真面目なポスターまでもに萌えアニメキャラが登場するのが当たり前になっています。これも少し前なら考えられなかったことじゃないでしょうか。私も最初は正直驚きましたが、表に出てきた新しいものを受け入れ、いつしかそれが当たり前になり、ポスターの中で立派に微笑む萌えキャラ。

これは、まず若い世代に注目してもらう戦略だと聞きました。くそ真面目なものよりも、面白いものを採用し、とりあえず人々の気を引く。

これに対しても賛否両論はありますが、昔ではマイノリティであったオタク文化に人々が注目し、周りもだんだん慣れ、マイノリティではなくなり、萌えキャラが公共のポスターに使われるくらいまで人々がオタク文化を受け入れていることが大きなポイント。

そんな風に、今までは『ありえない』『前例がない』『非常識だ』と思っていたことでも、周りがだんだんと『いいんじゃない?』となってくれば集団に合わせるという心理が働き、今まで人々が持っていた概念はグラグラ揺れだし『当たり前』へと変わっていく。

結構ミーハーな部分もアプローチできるところかもしれません。

例えば最近日本でも開催されるようになったプライドパレード。正直『なんだかよくわからないけど、楽しそうだから参加する人』も多いことに「ミーハーなだけなんじゃないのー?」などとちょっと冷たい目で見ていた時もありました。しかし、『人々に知ってもらう』取っ掛かりとしては大成功なのかなと思うように。無関心だった人も、パレードを見たことで多様な性について知ろうとするかもしれない。そんな人が少しでも増えれば、何かが変わるかもしれない。

その先を考える前に、とりあえずひとりでも多くの人に知ってもらうことがまず大事。

「LGBTって何?よくわからない」と言う人のほうがマイノリティになるのは近い未来、そんな気がしてきます。

盗んで、アレンジして、ものにする

先程の萌えキャラポスターは日本で当たり前だと言いましたが、カナダで見かけるもので、LGBT関連ではないポスターやチラシ、新聞でも同性同士のカップルをモデルとされていることは全く珍しくありません。例えば、旅行プランと共に砂浜でじゃれあう男性同士の写真が載った旅行会社の宣伝ポスター。

申込用紙などでも、性別の欄に男性、女性、そしてその他という項目を見かけることも多くなっています。飲食店などのトイレでも、今までの男性or女性というサインを外しているお店も増えてきました。

更に海外の映画やドラマなんかでは、様々なセクシュアリティが当たり前に登場します。日本でもいくつかありますが、LGBT事態にスポットライトを当て、そのことがストーリーの中心となる、いわゆるLGBTを問題提起する為に作られたストーリーになりがちな気がします。

しかし海外のドラマだと、問題提起の為ではなく、普通に様々なセクシュアリティが登場する作品が多くあります。特別でもなんでもなく、自然とそこにある様々なセクシュアリティ。

そのくらい、多様な性が当たり前ということを人々は認識しているのでしょう。もしくは、まだ当たり前であることを人々に認識させる必要のある段階にあるがゆえ、もっと表に出していこうという手段のひとつなのかもしれませんが。

例えばトイレを性別関係なく統一してしまうのは、痴漢問題などが大きい日本には合わないかもしれない。

一方、公共のポスターやメディアを通して当たり前化していくのは、集団に合わせがちな日本の国民性に会っているアプローチの仕方かもしれません。

私もカナダに住んでいるので、ついついカナダを引き合いに出して日本と比べがちですが、国が違えば文化も違う。日本で『海外では』と他国の話ばかりを引き合いに出して「よそはよそ、うちはうち!」と言われるのは仕方ありません。

なので、全てにおいて海外を見習え!と海外の全てを押し付けるのではなく、海外の良いところをまねして、日本に持ち込み、それを日本風にアレンジしていくことは人々の意識を変えるいいアプローチの仕方なのではないでしょうか。

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